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濱長イベントリポート

道場六三郎 土佐のおきゃくへふたたび

まだ再オープンから1年と少しという拙い状態で開催した平成21年の道場六三郎氏を迎えてのイベントは、道場様が私達を応援してくださるような形でございました。
その際に鮮やかに披露してくださった料理人の匠の技術と、素晴らしい発想、お客様への心遣いなどを目の当たりにし、「真のおもてなし」とはこういうことなのだ、と感激させられました。そして、ご来場くださったお客様の大満足の表情が心に焼き付いております。
今回ひとたび道場様をお迎えした「道場六三郎 土佐のおきゃくへふたたび」当日は、また新たな趣向で私達に驚きと、真のおもてなしで感動くださりました。
そして、7年前と変わらぬ温かいお言葉をいただき、こころにやわらかな花が咲きました。
お越しくださった皆さま、喜んでいただけましたでしょうか。


【もみじ祭り】2014年11月23日

平成26年2014年11月23日・勤労感謝の日に
濱長の人気行事「もみじ祭り」を開催いたしました。
奇しくも、この日は濱長再オープンの日。
丸7年。8年目の出発の日でもあります。
色とりどりの秋の美味を、器に盛りつける料理人たちの姿を愛でながら、
運ばれるお料理に舌鼓を打ちながらの催しでした。
濱長おなじみの芸妓・舞妓による御座付きでは
ちび舞妓がデビュー!



10月8日文楽

2015年10月8日(木)開場17:30 開演18:00
お食事・濱長特製幕の内弁当付



大阪で生まれ、大阪の庶民に育まれてきた「人形浄瑠璃文楽」。二〇〇三年にはユネスコより「世界無形遺産」宣言を受け、日本国内だけでなく世界 中からも注目されています。
「文楽」は、耳で聞く語り物音楽の「浄瑠璃」と視覚に訴える「人形」という歴史的には全く別々に発達してきたものが、十六世末に偶然結びついて成立した芸能です。「浄瑠璃」には多くの流派が生まれましたが、十七世紀後半、大阪で竹本義太夫が「義太夫節」を始めてからは、これが人気の中心となり、「人形浄瑠璃」は大阪の町人文化を背景にして隆盛、発達を遂げます。十八世紀半ばには全盛期を迎えますが、やがて衰退。十九世紀に入ると興行師植村文楽軒が現れこれを建て直し、いつしか「文楽」が「人形浄瑠璃」の代名詞となり、現在に至っています。

高知県出身の人形遣い吉田玉翔氏とのご縁で今回の公演が叶いました


文楽人形遣いで人間国宝である故・吉田玉男師の最後の弟子・吉田玉翔さまの計らいで人形浄瑠璃文楽座の皆様をお迎えし、わずかな時間ですが、文楽のミニ公演を弊店で催ました。吉田玉翔さまは、高知県土佐清水市出身。高知県観光特使でもいらっしゃいます。弊店女将・濱口実佐子と「観光特使つながり」というご縁でございます。

華やかな装束の人形が晴れやかな三番叟では、舞台にとどまらず、客前で鈴を鳴らし種を撒く舞を披露。福が舞い降りるかのような気持ちで会場が満ち溢れました。
演目の間では、浄瑠璃や文楽の知識、演じ分けなどを楽しいお喋りとともに語っていただき、これからの文楽鑑賞をますます楽しく興味深いものにしてくださりました。
そして、艶姿女舞衣は、美しくも悲しい・悲劇のヒロイン「お園」の心情があふれる場面を魅せてくださりました。



吉田玉翔さまをはじめとする御一行さまは、気さくな方ばかり。
公演後の宴席では、なんと三番叟を演じた人形と、お園がお客様にお酒を振舞うといった大サービス。伝統芸能を紡ぐ技能者のみなさんの粋な計らいに、さらに宴の席が盛り上がりました。

そんな和やかな賑わいの中、またまた女将のびっくり発言が。
「来年、文楽のお七を玉翔さんたちに演じていただき、日本舞踊のお七を長女の咲良が舞う舞台を企画します!」と声高らかに宣言!
題して「二人のお七」?はたまた「ダブルお七」!?
ところは赤岡「弁天座」!
さあさあ、これからの情報が見逃せません!

今回の公演には、吉田玉翔さまはじめ、文楽座の皆様はもちろん、玉翔さまの高知ファンクラブ「翔の会」、高知県議会議員の桑名りゅうご先生、そして玉翔さまのお母様など、たくさんの皆様のご協力のもと、このようなすばらしい伝統文化・文楽の公演を弊店で開催することができました。本当にありがとうございました。そしてお忙しい中お越しいただきました皆様、ありがとうございました。

本公演 演目のご紹介


そもそも能の『翁』を義太夫節に移したもので、現在上演される『寿式三番叟』は、江戸中期にできた曲を明治になって改訂したものです。荘重な語りと三味線の合奏が聴きどころとなっています。
天下泰平・五穀豊穣を祈る『寿式三番叟』では、能の『翁』と同様に、千歳、翁、三番叟の三役が登場しますが、特に、後半の三番叟だけがでてくる部分は、力強い太夫・三味線の演奏とともに躍動的に舞います。鈴を振りながら種を蒔く動き、コミカルな演技などを見せながら、人々の願いをこめて舞い納めます。

酒商人「茜屋」の主人半兵衛の息子半七は女舞芸人の三勝と深い仲に。半兵衛は仲を許さず宗岸の娘お園と結婚させました。お園は尽くす嫁でありましたが、半七はお園に手も触れないため、半兵衛は半七を勘当し、お園は実家に引き取られました。
茜屋へ酒を求めに現れた三勝は、丁稚の長太に半七との間に授かった娘・お通を預け姿を消します。
お園は宗岸に伴われ、再び嫁として迎えてほしいと頼みますが、半兵衛は、お園のためを思い承知しません。そして、お園は帰らぬ夫をなお案じるのでした。
その時、乳を求める幼子の声がしてお園に縋りつきます。顔を一目見て、お園は、半七と三勝の子とわかり抱き上げます。お通の懐を探ると一通の文。三勝と半七が心中の決意を認めた書置でした…。


はですがたおんなまいぎぬ 艶姿女舞衣

公演では、2演目の間に「三業解説」など、文楽にまつわる興味深いお話の時間もございます。

人形浄瑠璃文楽座の皆様をお迎えいたします


吉田和馬さま(人形遣い)

吉田和馬さま(人形遣い)

吉田玉佳さま(人形遣い)

吉田玉佳さま(人形遣い)

豊澤龍爾さま(三味線)

豊澤龍爾さま(三味線)

豊竹靖大夫さま(太夫)

豊竹靖大夫さま(太夫)

催し当日の様子



【狂言】2014年9月28日(日)

たくさんのご来場、まことにありがとうございました。
イベントリポートをお楽しみくださいませ。

料金  15,000円
とき  2014年9月28日(日)18:00開場/19:00開演
ところ 料亭濱長

狂言とは?

狂言は、道理に合わない物言いや飾り立てた言葉を意味する仏教用語の「狂言綺語」(きょうげんきご)に由来します。猿楽の滑稽な物まね芸を指す言葉として転用され、それらの名称として定着したそうです。一般名詞としても、滑稽な振る舞いや、冗談や嘘、人をだます意図を持って仕組まれた行いなどを指して狂言と言うようになりました。
同じく猿楽から派生した「能」は面(仮面。おもてと読む)を使い、舞踊的要素が強く抽象的・象徴的表現が目立ち、物語の題材はは悲劇的なものが多いのが特徴です。
これに対し狂言は、基本的には面を使用せず、猿楽の持っていた物まね・道化的な要素を発展させたものであり、せりふも含め写実的表現が目立ちます。物語は風刺や失敗談などユーモアのあるものが多いのが特徴です。
今回は、名門・和泉流より、髙澤 祐介さま・三宅 右矩さまをお招きしての狂言舞台が実現。
お二人とも、実績もあり、これからをも期待されている狂言師でございます。
初秋の味覚を愛でながら、日本の伝統文化の「笑」をご堪能いただきました。

狂言師プロフィール

髙澤祐介(たかざわゆうすけ)重要無形文化財保持者

昭和47年生。三宅右近に師事。昭和62年「痺」で初舞台。
平成10年「三番叟」、平成12年「釣狐」、平成14年「金岡」を披く。
フランス、ドイツ、モスクワ、スペイン、ブラジル他、多数の海外公演にも参加。
狂言会「祐の会」を主催。能楽協会会員。

三宅右矩(みやけすけのり)

昭和58年生。父、三宅右近に師事。祖父は人間国宝・故九世三宅藤九郎。
3歳で初舞台「靫猿」に出演。平成14年「三番叟」、平成17年「釣狐」、平成19年「金岡」、平成21年「花子」を披く。能楽協会会員。

フォトレポート

まず、髙澤さまが、狂言という芸能と、
楽しみ方のいろはを解説してくださりました。
狂言は本来、能舞台で披露するもの。
舞台下手側にある長い廊下的な通路から登場するのですが
今回は、可愛らしいサイズの廊下を急ごしらえでご用意。
そして、舞台に登場したら、まずは「誰なのか」を名乗るそうです。
そこから話が展開します。

場面や道具なども台詞にきちんと入っていますので想像がしやすい仕掛けになっております。
四角四面の舞台は、三角形に使用し、上手側舞台の面は使わないという作法です。
演者が舞台上の「使わない」位置に居る時は「無いもの」として解釈します。
その他、狂言の見方を教えていただきましたが、
髙澤さまのお話だけで、狂言がすっかり身近なものに感じるようになりました。

演目1「盆山」(ぼんさん)

世間では盆山(盆の上に山を模した岩を置いた置物)の収集が大流行。その盆山を一つも持っていない男が、ある夜友人の何某宅に盆山を盗みに入ります。屋敷の垣根を破って敷地内に忍び込む男ですが、すぐに何某に見つかってしまい、慌てて盆山の影に隠れますが…

盗みをする役柄が髙澤さま、盆山の持ち主であり、家の主が三宅さま。
二者のしらじらしいやりとりの空気と、
演技が徐々に高揚していく様子が素晴らしい舞台でした。
盗みはするものではありませんね(笑)。

     

「寝音曲(ねおんぎょく)」

昨晩、ふと通りがかった太郎冠者の部屋の前で見事な歌声を聞いた主人。太郎冠者を呼び出して、さっそく謡えと命じます。太郎冠者は、これからも度々謡わされてはかなわぬと、酒が入らないと謡えない、子持ち(妻)の膝枕でないと謡えないなどと言って断ろうとします。しかし是が非でも謡を聞きたい主人に観念した太郎冠者は、ただ謡うにしてもできるだけ手こずらせようとして・・・

主が三宅さま、太郎冠者が髙澤さま。
三宅さまの演技は、堂々として自信に満ちあふれた主人らしい、ちょっと高い所から見下ろしているようで、でも、太郎冠者の唄を聞きたくてしょうがないので何とかしたいというはがゆさがうまく出ていました。

そして、話の中でお酒を何杯も何杯も主人に注がせては飲み干す太郎冠者。除々に酔っていく様を見事に演じられており、これには会場の皆さまも目をみはっておりました。
そして、当然ながら演者は笑わないのですが、それが、おかしなことを大真面目にやっているような景色に思えて、体のどこかしらから笑いがこみ上げてくるような感覚でした。

    

ごあいさつ

二つの演目が終了し、大女将・賀世からごあいさつをさせていただきました。
今回はこのような機会をいただき、お二人には本当に感謝しております。
そして、お二人を濱長に引き合わせてくださった弁天座・塩井さまにも大変感謝しております。
塩井さまより、お二人とのエピソードなどを語っていただき、
そして、濱長1階にてお二人と打ち上げをしようではないか!とのお誘いが!
実は髙澤さまは、俗にいう「いけるクチ」の方で、
塩井さまとも「飲みニケーション」仲間のようです。
そして、通常の狂言舞台ではカーテンコールのようなものはないのですが
この空気は、やはりお二人は舞台に再度登場していただかねば!
再び拍手で登場してくださいました。

最後は濱長の芸妓のお座付きにて

趣きのある笑いの後は、秋の景色を描いた舞でしっとりと。
秋の夜長、時間をたっぷり惜しみなく…

 


乙女文楽「鷺娘」

*6月14日(土) 15,000円
18:00…開場
18:30…乙女文楽開演
19:30…お食事

日本の伝統芸能である人形芝居「文楽」。
乙女文楽は、文字通り女性の人形遣いが繰り広げる人形芝居。
三人で、一体の人形を操るのが文楽。
乙女文楽は、一人で一体の人形を操ります。
研ぎすまされた感性と技を持つ一人の女性人形遣いと、
繊細で美しい文楽人形の魂がひとつとなる空間と時間…
日本の伝統文化の趣き・上質の感動をお送りいたします。

乙女文楽とは

昭和の初期に大阪で始まった、少女たちによる一人遣い人形芝居の
今日までの総称を「乙女文楽」と呼んでいます。
乙女文楽は、三人遣いの文楽人形を一人で遣います。
①人形の首(かしら)を、遣い手の頭と左右一本ずつの細紐で連結。
②人形の着物の両の袂の後ろから手を入れて、
 人形の手を持ちます。③足は遣い手の膝頭の上に結わいつけ、
 人形遣いの身体の動きを直接人形の動きに置き換えます。
この3つの方法で、遣い手は文楽人形を巧みに操ります。

鷺娘/あらすじ

雪の池辺に白鷺が、白無垢姿の娘と化し、傘をさして現れます。
恋に悩む身を振りで見せ、一転して派手な町娘になり、華やかに踊り、
更に地獄に堕ちた修羅の責め苦にあい、
狂いにくるって凍え死んでいく様を描いています。
この演目は、乙女遣いと棒遣いの人形を遣います。

人形遣い手・桐竹 繭紗也

兵庫県淡路島出身
1996年、人形劇団クラルテに、約9年間在籍
1995年、阪神淡路大震災で、生家全壊。
退団後、以前から取り組んでいた乙女文楽の活動を始める。
浄瑠璃人形の制作は、故三世由良亀師に師事。
人形操作方法は吉田光子師(腕金式)に手ほどきを受け、
故桐竹政子師(胴金式)に師事する。
日本舞踊を故藤間勘二郎師に師事。
2004年、桐竹繭紗也の名前を許される。

現在フリーで、自作の人形と共に、
人形舞を中心に幅広く活動を続けている。
古典をベースに津軽三味線、和太鼓、尺八、箏、笛、琵琶の他、
ヴァイオリン、チェロ、ピアノに二胡等との共演に取り組んでいる。
アメリカ、ドイツ、スイス、イタリア、トルコ、
インドネシア、香港、台湾等、海外公演も多数行い、
消滅の危機にある乙女文楽を、
生きた芸能として存在すべく、日々活動を続けている。

津軽三味線奏者・久保 比呂誌

神戸生まれ。幼少よりピアノを始め、
日本大学芸術学部音楽科で作曲を専攻する。
作曲家、ピアニストとして活動していたが、
故、初代・高橋竹山師の
「津軽じょんから節」に感銘を受け、
津軽三味線を始める。

1990年、津軽三味線での演奏活動を始める。
自らのユニット「音蔵(おとくら)」を結成し、
三味線、ピアノ、作曲を担当。1995年、阪神淡路大震災で神戸の自宅を全焼。
1998年より、海外での演奏も行うようになり、
イタリア、ドイツでコンサートを行う。
現在、「津軽三味線とピアノ」を演奏する異色のスタイルで、
各地のホール、酒蔵、学校等でのコンサートを開催。
さまざまな楽器、ジャンルとのコラボレーションを行う。
オリジナル曲の制作、ダンス・日本舞踊公演、歌劇団公演、ほか
舞台音楽を担当する等、作曲家として精力的に活動している。
「風の行方」「こもれび」「生命の詩(いのちのうた)の
CD3枚をリリース。

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